カテゴリ:演劇雑感( 18 )

豪華絢爛&せくすぃ~

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「黒蜥蜴」

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美輪さん主演、江戸川乱歩原作、三島由紀夫脚本の「黒蜥蜴」を6月某日(忘れた)梅田芸術劇場メインホールで鑑賞した。

美輪さん、すてき。
豪華なドレスに身を包んだ姿は、黒蜥蜴そのものだった。ほんと年齢不詳の人だ…。
お芝居自体は、若干昭和テイストを感じたが、古臭くはない。これは、再演するにあたり、美輪さん自身が気をつけていることだそうだ。

第2幕で別の場所(黒蜥蜴の隠れ家と明智小五郎の事務所)にいる人間を同時に舞台に立たせる。追う者と追われる者の駆け引き。舞台ならではの演出を堪能した。

しかし…、高嶋兄ってこんなにかっこよかったっけ?

男装して逃げるシーンがあったけど、ほんとうに男装しているように見えた。
ドレス姿も美しい。衣装を見るだけでも目の保養になる。
ラストシーンの白いドレスは白装束、いいやウェディングドレスを意味しているようだった。
今回の衣装で着てみたいと思ったのは、藤色のお着物。黒のお着物は、まだ着こなす自信がない。

東京や名古屋など計8ヶ所で公演されている。大阪では「たこ焼きレストラン」だったけど、他の土地では何レストランだったんだろう。

カーテンコールでの、美輪さんのお辞儀。心のこもった丁寧なお辞儀をする。緞帳が何回も上がり、美輪さんの投げKISS&会場全体を包み込むようなハグ。ほんとうにこの舞台を大切にしているのだな、と感じた。

美輪さんの元気なうちにもうひとつの代表作『毛皮のマリー』も観てみたい。

おまけ
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by blue-umiusagi | 2008-07-16 01:50 | 演劇雑感

バタフライ効果と静かな情熱

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「きみがいた時間 ぼくのいく時間」

<STORY>
住島重工の研究員・秋沢里志は、海外派遣留学を終えて、5年ぶりにニューヨークから帰国する。空港で待っていたのは、5年前に別れたはずの恋人、梨田紘未(ひろみ)だった。自分の帰りを待ち続けていた紘未に、里志は激しく心を動かされる。一方、里志は住島重工の子会社P・フレックで、新しい機械の開発に携わることになる。それは、物質を39年前の過去に送り出す機械、クロノス・スパイラルだった。最初の実験の日、里志の元に電話がかかってくる。紘未がトラックに撥ねられ、病院に運ばれた……。

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ぢつは、去年1年間キャラメルボックスのお芝居は観ていなかった。別に、嫌いになったわけではなく、なんとなくチケットを取りそびれてしまった(サポーターなのに)。今回、
 1.3年ぶりに上川さんが出演する
 2.お話はクロノス・シリーズ
 3.大阪(大阪厚生年金会館 藝術ホール)でも公演する
 4.平日の夜だったら(まだ)取りやすい
ということで、チケット発売日からは少し出遅れたが、センターの座席をネットで確保した。

会場に入るとグッズ売り場には製作の加藤さんがいた。あれっ、前説するのに時間大丈夫?と思った。
今回、前説はなし。その代わり、たぶん日替わりだと思われる、その日のネタを盛り込んだ場内放送が流れた。この日のテーマは「お好み焼き屋さん」。もちろん、携帯電話電源OFFのアナウンスも忘れていない。

チームワークがよく、気持ちのよい舞台だった。キャラメルボックスの演出するファンタジー、けっこう好きだったりする。けっして甘々ではなく、キャラクターが地に足着いているから。
あっ、でも苦手な役者さんは一人いる。

事故にあう恋人を救うために、たった一日だけ未来を変えるために、39年もの間じっと待つことができるのか…。
報われない愛を貫いて主人公を見守り続け、それを幸せだと言い切れる強さ。
人を愛するとはどういうことなのか、そのために自分は何ができるのか、見返りを求めず人を想うことができるか。
個人的には、純子の方に切なさをより強く感じた。

オペラグラスを持っていってなかったので細かいところはわからないが、上川さんと坂口さんは、声のトーンで39年の時の流れを表現していた。さすがだ…。

今回は、キャラメルボックス史上初の「休憩」を挟んでいる。だれることもなく、物語の展開上、そこで休憩が入るのも自然だし、ちょうどよかった。
休憩中に、読振新聞の号外を販売したり、加藤さんが売り子になって客席まで届けるなど劇団としてのサービス精神にあふれた15分だった。

カーテンコールは3回。前説の場内放送の内容が、ここでリンクされている。
最後まで、楽しい舞台だった。


鑑賞日:2008年4月24日(木)

そして、おなじみの…
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by blue-umiusagi | 2008-04-26 23:30 | 演劇雑感

映画は映画 舞台は舞台

c0020452_2253292.jpg「さらば、わが愛 覇王別姫」

<STORY>
 娼婦の私生児だった小豆子(シャオトウツー)は、九歳の時、実の母により科班(京劇俳優養成所)に売られてしまう。「淫売の子」とからかわれ、いじめられる小豆子をことあるごとに助けたのは、十二歳の石頭(シートウ)。やがて、小豆子は石頭に思慕の念を抱くようになる。科班での厳しい稽古に耐えられず、一度は逃げ出した小豆子だが、途中で観た『覇王別姫』に心打たれ、京劇の女形になることを決心し科班に戻るのだった。
 成長した石頭と小豆子は、それぞれ段小樓と程蝶衣という芸名を名乗り、『覇王別姫』で共演してトップスターになる。蝶衣は少年時代同様、小樓のことを愛していたが、小樓は「舞台の虞姫は、お前しかいない。だが人生の虞姫は菊仙だ」と言い、花満樓の娼婦と結婚する。傷ついた蝶衣は“京劇の守り神”袁世卿との関係を深めていく。そんなある日、小四という少年が間師匠の遺言により蝶衣を訪ねてくる。かつて小樓と蝶衣は道端に捨てられた赤子を助けて科班に預けたが、その子こそ、この小四であった。蝶衣は彼の一人前の京劇俳優に育てることを決意する。
 時は一九六〇年代。中国全土に文化大革命の嵐が吹き荒れる。京劇は堕落の象徴として世間から叩かれ、蝶衣と小樓も虐げられるようになり――。

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チラシはシアターコクーン(東京)だが、鑑賞したのは4月7日(月)シアター・ドラマシティ(大阪)。

ミュージカルではなく音楽劇(京劇を日本語で歌うのもどうかとは思ったが)。台詞も聞き取りやすかった。
東山くん歌ってましたね。木村佳乃さんも歌ってた。遠藤さんはあまり歌ってなかったかな。違和感はなかったが、別に歌わなくても台詞で言えばいいんでないかい、と思ったのも事実。

休憩なしの2時間。「映画とは別物」と思って観に行ったので、どう話を展開していくのだろう、と楽しむことはできた。

東山紀之の演じる程蝶衣は思っていたほど違和感はなかった。遠め(21列)だったのが残念だが、近くでしぐさなど見てみたい、と思った。美しいんだろうなあ。あと、連行されて客席通路を通るシーンがあったが、みんな“ガッ”とヒガシを(目線で)追っていくのが後ろから見ていておもしろかった。そのときは少し近くで顔を見ることができたが、整った顔立ちだった。

木村佳乃さんって、あんまし好きじゃない。だからよけいに迫力がないな、と思ってしまった。チャイナ服姿は美しく、それだけで女性だった。

やっぱり端折った感は否めなかった。映画や原作でストーリーを知っていたり、1970年前後の歴史の知識がなければ話の内容を把握するのは少ししんどいカモ?少年時代のエピソードが短すぎたので、蝶衣の小樓に対する切なさがあまり感じられなかった。
逆に、映画では読み取れなかったことを舞台では語っていた。
チビッコ蝶衣がどうしても思凡の台詞「女として生まれ」が言えなかったシーン。映画を観たときは、単に台詞を覚えられないだけだと思っていた。
男として生まれたがために母親に捨てられてしまった自分。もし、女として生まれていたら、いずれ母親と同じように娼婦になるとしても一緒に娼家で暮らすことができたはず。だからどうしても「女として生まれ」と言えなかった。
舞台では母親への思いの方が切なく感じた。

日本軍人、国民党員、共産党員。演出とはいえ集団の怖さを感じた。

今年も「中国映画の全貌」が開催され、『覇王別姫』が上映されることを期待したい。

各出演者にお花が届いていたが、東山紀之賛へ森光子さんと黒柳徹子さん与利お花が届いていた。あとニッキからも届いていた。カッチャンからのお花は探せなかった。もちろん所属事務所から届いていたのはいうまでもない。
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by blue-umiusagi | 2008-04-12 23:30 | 演劇雑感

竹中直人の匙かげん2 「そう。」

c0020452_19391777.jpg<STORY>
舞台は、客船のロビー。いくつもの島に立ち寄り、運命を感じた人だけが降りていく、そんな目的地のはっきりしない船旅。運命を感じられずに、船に残った4人の男たち。
永遠とも思えるような退屈な時間が続く。
そんな退屈を断ち切るかのように、ある夜、嵐に見舞われる。
すさまじい嵐の中、一艘の難破船を発見する。その船には、美しい女たちが乗っていた。
男たちは難破船から彼女らを救出し、自分たちの船へと招き入れる。
思いがけない訪問者は、女神なのか、悪魔なのか。
現実世界に非日常が混ざり合う、白昼夢のようなストーリー展開。
感動と裏切りの連続、ジェットコースターのような感情。走馬灯のような場面転換。
そして、舞台上には常に「月」が輝いている。
物語のすべては、嘘なのか、本当なのか…。



コメディだと思って観に行った作品。
テーマがむずかしかったのか、私にはもひとつピンとこなかった。あんまし笑える部分もなかったし。

黄色い壁に、赤や青の窓枠。青い卓球台。といった原色の大道具。
男性人は、迷彩色やポップな感じの衣装。
女性人は、白いふんわり感のある衣装。

やっぱり貫禄があるのは、高橋ひとみさん。
戦国時代から生きている(?)、海の上も歩けるメイドの役。
海の上を歩いているという状況で、客席のフロアを歩いていた。間近で見たが、背が高くてとてもきれいな人。
やはり、きれいな人を見ると女子力を上げなくっちゃ、と思う。

タバコの小ネタは、なるほどと思った。

言葉遊びの部分もあった。きれいな色。色いろいろ。

あと、「なますて」ってなあに?



観賞日:2007年1月8日
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by blue-umiusagi | 2007-01-11 20:02 | 演劇雑感

日本神話への誘い

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第一話
「伊耶那岐・伊耶那美~黄泉の国での永遠の別れ」

第二話
「天の岩屋戸のお隠れになった天照大御神~月読命の語れる」





境内には、シンプルな舞台装置と、たくさんのパイプ椅子。
18時前に到着したが、けっこうな人数が集まっていた。あいている席を見つけ、ひとまず着席。
なにげに右を見ると、本殿の中に浅野温子さんの後姿があった。
禊祓をしているようだった。
ひと言。

スタイルいいわ~。

ジーンズに白のコットンシャツという、とてもシンプルな衣装。後姿しか見なかったけど、お尻がキュッとしているのがわかる。見習わなければ、と思ったのは言うまでもない。

関係者からの祝辞があり、そのあと巫女たちによる雅楽の奉納。

そして、舞台が始まった。
椅子に座って静かに朗読するのかと思っていたが、彼女は台本を片手に舞台を歩きながら日本神話を語った。身振り手振りの演技。休憩なしで、二話語り続けた。
小学生のときに読んだ日本神話の本(小学生向き)を思い出した。もう一度、読み直してみたくなった。
機会があれば、もう一度聞いてみたい。

今回阿部野神社での公演が30回目だそうだ。


観賞日:2006年10月18日
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by blue-umiusagi | 2006-11-05 23:45 | 演劇雑感

「雨と夢のあとに」

c0020452_1354260.jpg<STORY>
桜井雨は、小学6年の女の子。幼い頃に母を亡くし、今はジャズベーシストの父・朝晴と二人で暮らしている。朝晴は蝶の収集が趣味で、幻の蝶と呼ばれるコウトウキシタアゲハを捕まえるために、台湾に行く。森の中で、ついに幻の蝶を発見! ところが、捕まえたと思った直後に、穴に落ちてしまう。数日後、朝晴は無事に帰国。心配していた雨は、涙を流して喜んだ。が、朝晴の姿は雨にしか見えなかった。朝晴は自分の体を穴の底に置いてきた。魂だけが戻ってきたのだ。もう一度、雨に会いたくて……。

柳美里原作。キャラメルボックスの成井さんと真柴さんの脚本でテレビ朝日でドラマ化された作品。
原作も読んでいないし、テレビも見ていない。先入観なく、キャラメルテイストで観ることができた。

今回は、「ホラーファンタジー」。だけど、小ネタも満載。
テーマは、「人が人を思う気持ち」。

親が子どもを思う気持ち。子どもが親を思う気持ち。
いくつになっても、子どもにとって親は親だし、親にとって子どもは子ども。
朝晴の父親として言うセリフと、息子として言うセリフ。
どちらも、心に響いた。

そして、普段つきあっている親しい(と思っている)人への思い。

しかし、「人が人を思う気持ち」は、必ずしも「正」の方向じゃない。
そのベクトルが「負」の方向へ向かうと、それは「念」になってしまう。
私的には、この裏メッセージ(?)の方が印象に残る。
まあ、夏ですし、“ホラー”ファンタジーですから。

今回も、ハーフプライス・チケットを購入。
忘れてたんですよ、チケット買うの。なので、OFFの日を狙っての観劇。
座席は一番後ろ。
だけど、福田麻由子ちゃんの声は、割れることなく聞こえた。ちょこっと、聞き取りにくいときもあったけどね。

おまけ
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by blue-umiusagi | 2006-08-28 18:28 | 演劇雑感

「OUR HOUSE」

c0020452_22433767.jpgロンドンの下町で貧しい生活を送っている、16歳の少年ジョー。
ある日、彼の人生は亡くなった父親の霊に導かれ“良いジョー”“悪いジョー”に枝分かれ。“悪いジョー”はあくどい商売に手を染め大儲け、世間をうまく渡り始める。一方、“良いジョー”は少年鑑別所に入れられ、世間の冷たさ、厳しさを味わうことになる。
それぞれのやり方で接していく、母のキャス、恋人のサラ、そして友人のエモやルイス。事あるごとにジョーの前に現れ、彼の運命を左右していく悪友のリーシー。
ある時はすれ違い、ある時は交差しながら進んでいく、二人のジョーの運命は……。



“良いジョー”“悪いジョー”を、中川あっきーが一人二役で演じる。
“良いジョー”が、白い衣装(上下のジャージ)。“悪いジョー”は、黒い衣装(スーツ)。
2~3回ダミーがシルエットで登場したが、あっきーの着替えの早業には、脱帽。衣装は乱れてないし、息も上がってない。さすが、プロだ…。
短髪のあっきーが、かわいい。こういう、男子こーこーせーって、いるよな…。白のジャージも、似合ってる。やっぱり、髪短い方がいいな。
エモ役の坂元健児くんとルイス役の新納慎也くん。この3人組が、なかなかいい感じだった。
リーシー役の池田成志さん。43歳ということだが、私の席(24列/後ろから2列目)からは、十分こーこーせーに見えてましたよ。
客席からの声を、池田さんがあっきーに振ったが「空耳ですよ」と、返した。これって、アドリブだったんだよね。なかなかナイスな切り返し。

「良いジョー」「悪いジョー」。「良い選択」「悪い選択」。
日常においても、大小かかわらずしょっちゅう起こっている。
「どちらを選ぶべきか」…。
そして、その選択によっては、その後の人生が大きく変わってしまうことだってある。
でも、現在の自分があるのは、さまざまな選択をしてきたから。
“たら”“れば”は、やはり存在しない。

恋人のサラが、「良いジョー」「悪いジョー」に対して、それぞれ違うシチュエーションで言う。
「愛しているからこそ、YESと言えないこともあるのよ」

母キャスが「良いジョー」に言う。
「私の元に帰ってきたんだろう」
守りたいもの、帰りたい場所は「家」という建物じゃなく、そこで待っている「家族」。
家族がほしいな、と思うときがある。

この日は、大阪・千秋楽。
カーテンコールは、みんな楽しそうだった。


観賞日:2006年7月17日  シアター・ドラマシティー
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by blue-umiusagi | 2006-07-28 03:13 | 演劇雑感

「V・M ヴァギナ・モノローグス」

c0020452_21374161.jpg舞台には3本のマイクと3脚の椅子だけ。
今、女たちが語り始める。
決して人前で語られることのなかった 女の秘密の部分についての17のエピソード。
それは静かに熱い感動をうんだ。オフ・ブロードウェイ発、 全世界の女性に愛された伝説。

●公演日程 :2006年7月5日(水)19:00
●作 : イヴ・エンスラー
●訳 : 常田景子
●演出 : 宮本亜門
●出演 : 東ちづる、内田春菊、野沢直子



座席は17列目。
真ん中の通路で、3人がスタンバっていた。野沢直子さんが、左端によってサインに応じてたし、東ちずるさんもファンと思われる男性に握手していた。

出演者3人が、交互にエピソードを語り、演じる。
まじめな内容だが、ところどころ笑いもある。
アフリカでの女性器切除や、ユーゴスラビア紛争での兵士によるレイプなど、人権に関わる重い内容もあった。

でも、なんで「おちんちん」はOKで、「おまんこ」は言っちゃいけないんだろうね。野沢直子さんも、テレビで「おまんこ」って言って、1年間テレビをほされたそうだ(本人談)。
で、みんなで声に出して言いましょう、ということで、今回は関西バージョン。あっ、声に出しましたよ。

ヴァギナ(vagina)は“膣”で、カント(cunt)が“女性性器”を意味すると思っているが(医学的にもヴァギナは膣)、日本語のおまんこやおめこは、どちらの俗語になるんだろうか?

そういえば、マザー・グースで“プッシー・キャット”っていう歌あるよね。
"Pussy-cat,Pussy-cat,
Where have you been?"
"I've been to London
To visit the Queen."

"Pussy-cat,Pussy-cat,
What did you there?"
"I frightened a little mouse
Under the chair."


東京では、終わってからトークショーがあったそうだ。大阪は、なし。

自分の体、愛しもうと思う。
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by blue-umiusagi | 2006-07-06 22:00 | 演劇雑感

「紅天女」

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<ものがたり>
ひとつの伝説がありました。かつて、戦乱と天変地異で世が乱れたとき、一真(いっしん)という仏師が、千年を経た梅の霊木より輝ける天女像を彫り、世の乱れを鎮めたといいます。時を経て、再び世を災いが覆ったとき、一人の仏師がその幻の天女の像を求めて旅に出ます。仏師は何かに導かれるようにして紅谷(くれないだに)という里に迷い込みますが、そこにはかつて梅の木の化身・阿古夜(あこや)と仏師・一真が出会い、恋をして別れた場所でした。そこへ現れた里の女は、阿古夜の生まれ変わりでしょうか。旅の仏師もまた一真となって物語に入り込んでしまいます。世に平安をもたらすため、千年の梅の木を伐って天女の像を作ろうとする一真。しかし、梅の木を伐るとことは、その化身でもある阿古夜の命を奪うことでした。再び繰り返される葛藤に、一真と阿古夜は責め苛まれます。しかし、世を救う紅天女を呼び出すには、この苦しみを超えなければならなかったのです。


美内すずえ「ガラスの仮面」の作中劇『紅天女』。
そう、あの幻の名作が、お能で表現された。


緞帳が上がると、お香の香りがした。
舞台の中央に、紅梅に見立てた大道具がある。

月影千草を演じるのは邦なつきさん。宝塚歌劇団専科の女優さん。
第一声は、
「誰じゃ。我を呼び覚ます者は誰じゃ。」
あの紅天女の名セリフを聞けて、ちょこっと感動。
ただ、その後が残念だった。月影先生のプロローグ(ナレーション)は、漫画「ガラスの仮面」の世界からお能「紅天女」の世界に移行するための演出なのかもしれないが、違和感を感じた。
同じ演じるなら黒のお洋服で登場してほしかったし。

狂言方による口開間(くちあけあい)と間狂言(あいきょうげん)。
それぞれ時代が違う。
東の者と西の者、国境を巡って口喧嘩。
「ゴーッ。ドドドド。」地震じゃ。
「ウオーッ。ウオーッ。」「エイエイ。エイエイ。」戦じゃ。
「グワーッ。ドカンドカン。」富士のお山が噴火じゃ。
「ドーッ。ドーッ。ドーッ。」洪水じゃ。
「ドドーッ。ドドーッ。ドド。」津波じゃ。

擬音語を役者の声で表現している。それに伴う動作がおかしく、笑えた。
国境(境界線)を巡ってのおろかな争い。自然には太刀打ちできない。お互いが手助けしていかなければ・・・。
いつの時代にも言い得ていること。

梅の木を伐ることを躊躇していたが、やがて決意する一真。
斧の音は、太鼓で表現された。
そして、見せ場の「天女の舞」。
「まこと紅千年の生命の花ぞ世を照らさん」
このセリフも聞くことができ、また感動。
お能の舞台なので、男性が面をつけて演技する。
紅梅の花びらが舞い散る中、薄衣をまとい冠をつけての舞はとても幻想的であり、凛としていた。「美しい・・・」と思った。
下から上へピンクが舞い上がっていたら、まるで珊瑚の産卵のよう。一度珊瑚のピンク色の産卵見たいな、と思ったのはご愛嬌。

紅天女が舞台を去り、幕が下りる。

今回、初めてお能を観賞した。
動作のひとつひとつが、美しくていねいだった。
感情を無表情な面と所作で表現するお能の世界。
新作能なので、古典能と違うところがあるのだろうが、入りやすかった。

3月に「アンナ・カレーニナ」を観に行った時、座席に置いてあったチラシでこの舞台のことを知った。
中学・高校とリアルタイムで「花とゆめ」を読んでいた私。
どんな紅天女なのだろう、と思い、舞台の休憩時間に窓口でチケットを購入した。
「ひとりさま」なので5列やや中央という席をGET。
衣装(お着物)の細かいところまでみることができた。

実は、夜勤明けで観賞したため、一瞬、意識がとんだ。もったいないことをした。

しかし、このチラシ。違和感ないわ。


観賞日:2006年4月25日(火) 15:00開演
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by blue-umiusagi | 2006-04-27 22:19 | 演劇雑感

本日は…・2

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JR京橋駅から歩きました。
道中の脳内音楽は、レミオロメンの「粉雪」(単に、粉雪が舞っていただけ)。
そして観てきたのは、NODA・MAP第11回公演「贋作・罪と罰」

松さん、凛々しかったです。
大義名分のための人殺しはありなのか…。
かんそーは、いずれ(ほんとだってば)。

でも、ドストエフスキーの原作すら読んだことのないわたくし。


<追記>
巨匠・手塚治虫先生がマンガ化されています。こっち、読んでみようかな…。
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by blue-umiusagi | 2006-02-09 21:46 | 演劇雑感